メーカーに入社後、営業職に配属予定の新入社員がアフターサービスの現場で研修を受けることは珍しくない。ところが、シャープでは製品の開発を担当することになる技術職の新入社員が、シャープエンジニアリング株式会社(以下、SEK)でアフターサービスの現場を経験する。その研修期間は5カ月間もの長期におよぶ。
「SEKサービス研修」を実際に経験した新入社員のひとり、2014年4月に入社したばかりの池田考志氏に研修を受けた当時のことを聞いた。
「SEKサービス研修を受けたのは、シャープに入社して1カ月後でした。拠点に行く前に修理のしかたや訪問マナーについて学ぶ事前研修が2週間ほどありましたが、シャープ社員としても社会人としてもまだ未熟なまま、鹿児島のサービスステーションで研修を受けました。SEKでは、経験豊富なサービスマンと一緒にお客様のお宅を訪問して故障箇所の診断・修理などを行うほか、修理訪問の電話アポイントメント、お持ち込みいただいた修理品の対応など、サービスの様々な仕事を経験させてもらいました」(池田氏)
開発の仕事では、AV機器を担当したらAV機器だけがターゲットで、担当以外の製品と関わる機会はあまりないが、サービスマンはあらゆるシャープ製品の診断・修理を行う。池田氏も、AQUOSをはじめエアコンや冷蔵庫などの家電製品、大学の実験室に置かれたプラズマクラスター発生機、オフィスの屋根に設置されたソーラーパネルのメンテナンスまで携わったという。
「さまざまなお宅を訪問して、こんなにもたくさんのシャープ製品があるのだと知りました。そういったお客様の多くはシャープファンのような存在で、修理後に『またシャープを買うよ』と声を掛けていただくことも。それはシャープ製品の魅力だけによるのではなく、徹底したお客様第一主義で対応をしているサービスマンのお陰でもあるのです」(池田氏)
池田氏は、ある日サービスフロントに来社された70代くらいの男性のことが忘れられないという。そのお客様は、近々遊びにくる孫のために、愛用のVHS・DVD複合機を修理してほしいとやって来られた。しかし、その製品は2004年製と古く、すでに部品の保有期間を過ぎており、修理費は数万円になることが分かった。DVDプレーヤー単体なら1万円以下でも買えるため、池田氏は買い換えの選択もご提案したが、お客様は「それは知っているけど、愛着があるこの製品を直して使いたい」と答えられた。
「そのお客様は、後日修理されたDVDプレーヤーを受け取り、とてもうれしそうに帰って行かれました。その様子を見て、自分もこんな風に長く愛される製品を作りたいと強く思いました」(池田氏)
5カ月間のサービス研修を終えると、それぞれ開発現場に配属される。池田氏はデジタル情報家電事業本部AVシステム開発センターに配属され、テレビの液晶パネルの駆動部分の設計などを担当している。池田氏の直属の上司である荻野貴志副参事は、サービス研修を活かした開発をしてほしいと期待を寄せる。
「我々の仕事は製品を作って終わりではありません。ご家庭での使い勝手や修理のしやすさまで考えて設計することが求められます。各家庭での使用環境や使われ方を直接見てきたのはとても貴重なことですから、設計の仕事に活かしてほしいと思います。そのときお客様からかけていただいた言葉は今後の仕事のモチベーションとなり、より良い製品作りに繋がるはずです」(荻野副参事)
将来の夢を尋ねると、「10年後のスタンダードを作りたい」と答えた池田氏。サービス研修中に出会った多くのユーザーの思いを受け、たくさんの人に愛される製品を生み出す技術者へと成長するに違いない。
製品開発に携わる技術者を対象とした「SEKサービス研修」は、お客様の声を直接聞き、お客様目線とサービス現場を意識したものづくりの大切さを学ぶことを目的にスタートしました。本来、技術系の仕事はユーザーとなるお客様と接する機会がほとんどありません。しかし、お客様と直接話したり、製品が使われている現場を見ることで、品質や使い勝手はもちろん、メンテナンスのしやすさなどが大変重要であると分かるはずです。
修理のご依頼をくださったということは、製品に何らかの不具合があるということですから、ご不満をお持ちのお客様も少なくありません。ときには厳しいお言葉をいただくこともありますが、新人技術者ができるだけ多くのお客様の声に触れる機会を持てるよう意識して研修プログラムを考えました。
また、お客様対応のスペシャリストであるサービスマンから「対人コミュニケーション」や「能動的に情報収集する姿勢」など、社会人として必須のスキルを学ぶことができます。サービス研修が始まってまだ数年ですが、この研修を通じて、SEKと開発や企画といったものづくりの現場との繋がりが太くなったとの社内評価も得ていますので、今後ますます充実させていきたいと考えています。
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